スーパーグローバル学部増田准教授

いかれた大学教員の思いつき

ポスドクの憂鬱は終わらない

どの業界でも団塊の世代の大量退職によって、若い世代の雇用環境の改善が期待されるという話があったが、大学界隈ももちろん例外ではない。団塊世代が退職すれば多くのポスドクや任期付きポストに甘んじている若手にもテニュアへの道がひらけるのではないか!?という期待の声はあった。

しかし、多くの業界において、団塊世代の正社員が退職したからといって正社員の雇用が増えるわけがなく、非正規雇用が増えただけであるという事実もまた、大学界隈でもまったく同様なのである。

優秀な若手の研究者が任期付きの不安定なポストを転々とする、そのような状況は、使えない年寄りが定年退職してテニュアのポストが空いたからと言って、今後も変わることはないだろう。悲しいかな、逃げ切れるのは団塊世代までのお話であって、非正規化の流れは変わりようがない。

承継教員は必要最低限のレベルまで削減され、どうしても埋め合わせる必要がある部分には、任期付きの助教や定年後の特任教員によって対応することが今後の多くの大学における人事の基本だろう。

国立大学の運営費交付金が毎年削減されていくことは既定路線である。もはや教職員の人件費さえ賄うことができない以上、人件費の削減に踏み込まざるをえない。おそらくどこの国立大学も現状の教員定数そのものには余裕があり、継続的に1割程度は承継教員を削減していくだろう。学科の統廃合、もしくは新設学部等への移行の機会を利用して、求められる教員数を削減していくこともあるだろう。

そのような状況であるがゆえ、今後も国立大学でテニュアのポストを獲得するのは決して容易なことではない。テニュアポスト大放出の可能性はゼロであると思った方が良い。

他方、潰れる心配をしなくて良いクラスの私立大学では、メディアを賑わせて大学の名前を売ってくれるような、スター性のあるタレントでなければなかなかポストを得られないだろう。

救いは、公正な公募が増えていくことだろう。それによって、どうしてこんな人が大学の教員をしているのかというような場面を目にすることは減っていくはずである。厳しい競争であることに変わりはないが、経験的には、優秀な人材であれば遅かれ早かれテニュアのポストを獲得することができていると思う。

自分がテニュアを取れないのは差別のせいであるとか陰謀であるかのようなことを公言する方もいるようだが、基本的には本人の能力の問題であることも多い。自己に対する評価が高い割には、客観的にはそれに見合うだけの業績が圧倒的に足りないのである。

自分自身の経験からも、結局のところ、ひたすら業績を稼ぎつつ、お祈りメールに負けることなく、公募に応募し続けるしかないのである。