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スーパーグローバル学部増田准教授

理工系からこのご時世によりによって人社系に文転した大学教員の日記

癒着と出来レースとご褒美と

いろいろ駄文を書き溜めていたものの、年度末の忙しさの中ですっかりタイミングを外してしまった。まとめてボツにしたところで、まだなんとか賞味期限内の話題。

文部科学省天下り問題で、特にスーパーグローバル大学の選定について、癒着だという声が上がっているという話がある。

この件に関しては、珍しく朝日新聞産経新聞の意見が一致しているようなので、その一例として記事を挙げておく。

dot.asahi.com

www.sankei.com

さて、癒着というのは、文部科学省のスーパーグローバル大学の選定に関して、天下りを受け入れた名古屋大学は採択され、学長としての受け入れを断った茨城大学が不採択になった、ということが一つの根拠となっているようである。

だがしかし、このスーパーグローバル大学創成支援事業は、「大学改革」と「国際化」を断行し、国際通用性、ひいては国際競争力の強化に取り組むという目的からして、茨城大学はお呼びでないのである。

お呼びでないというと失礼な響きがあるかもしれないが、すでに茨城大学は大学COC事業の二巡目指名を受けており、すでに国立大学として目指すべき方向性が違うのである。

COCでもそれなりの規模の資金が投入されており、文部科学省としては、すでに十分埋め合わせをしているというところだろう。

そんなことを言っても、千葉大はCOC(一巡目指名)もスーパーグローバル(タイプB)も採択されているじゃないか!?というチバラキの戦いは利根川沿いでローカルにやっていただくとして。

基本的に文部科学省としては、この種の競争的資金による補助事業というのは、毎年削減を約束されてしまった運営費交付金を埋め合わせするという側面をもっており、したがって、それは旧帝>旧官立>いわゆる駅弁といった国立大学の序列のなかで、ある程度のお約束で決められた出来レースなのである。

一部、そうした序列を見直そうという動きの中で、下克上が起こる事もありうるが、それも本州の旧帝+東工大のトップグループを蹴落とすところまではなかなかいかず、旧官立グループでも特に筑波、神戸、広島あたりが旧帝の一角(というより端的に言えば北の端と南の端)を切り崩すかどうかというところが見どころである。同級生を自殺に追い込むロースクールを抱えるもう一つの旧三商の名門一橋大学については、大学の規模的にすでに厳しい。

さてそのスーパーグローバル大学に関しては、筑波と広島がタイプAに採択されたのに対し、神戸と一橋が落選して巷で話題となった。規模的にタイプB一択であった一橋は理解できるにせよ、神戸に関しては空気を読めずにタイプBに申請するという戦略ミスによる自滅であり、タイプA/Bの両方に申請した広島や、同じくタイプAで採択された東京医科歯科のファイプレーとの違いが際立っていた。

タイプA/B両方に申請した大学は4大学(東京医科歯科・広島・九州・熊本)あり、旧帝の一角でありながら両方に申請した九州大学の危機感もなかなかのものであると言えよう。神戸がタイプAに申請していれば、東京医科歯科や広島がタイプBに蹴落とされていた可能性も高かったであろうとは思うが、今となっては定かではない。

タイプBにしても、国立44大学中10大学の採択であり、狭き門であったことは間違いない。茨城大学が44大学のなかの34大学の側であったというのは特に驚くべきことではなく、天下りを受け入れなかった報復だと言うにはどう考えても無理がある。もしこの数字が逆で、44大学のうち34大学が採択されたにもかかわらず茨城大学は採択されなかったというようなことであれば、もしかすると天下りを受け入れなかったせいだろうか?という気もしてくるという程度の話であろう。

その一方で、出来レースと並んで、文部科学省の意向に沿った改革をすすめる大学に対するご褒美としての補助金採択というものもあることは間違いない。

たとえば、文系廃止騒動の真っ只中で、データ・サイエンス学部で真っ先に手を上げた滋賀大学。学長は文部科学省の方針を批判する一方で、組織再編ではどこよりも早く期待に応えるという巧みな手綱さばきを見せ、みごとに「数理及びデータサイエンスに係る教育強化」の拠点校として選定されている。共に採択されたのは滋賀大学を除けば旧帝大のみという中で、異例の選定結果となった。

mainichi.jp

「数理及びデータサイエンスに係る教育強化」の拠点校の選定について:文部科学省

文科省がこうしたご褒美採択を行うことは以前から知られており、滋賀大学のファインプレーであると言えるだろう。なかなかのリーダーシップである。

いずれにしても、違法な天下りという部分と、大学への助成金の採択というのは、国立大学に関しては切り離して考えて良いだろう。もちろん、私立大学の採択に関しては、ある程度見ておく必要はあるかもしれない。

たとえば、金沢工業大学の評価やポジションというのは、文部科学省からの人材の流入具合から考えると、あらためて興味深いところである。

癒着問題に関しては、国立大学よりは、ぜひとも私立大学の方にこそ切り込んでいただきたいものである。そのほうが公平な審査への近道であろう。