スーパーグローバル学部増田准教授

いかれた大学教員の思いつき

文系大学教育は仕事の役に立つのか?

昨今の大学改革絡みの出版物も少なくないが、その中でしばしばやり玉に挙げられる文系の大学教育に関するものとして出版されたのが本書である。

人文・社会科学系の大学教育は仕事に「役立っている」のではないか。「役立ちうる」のではないか。「役立っている」とすれば,どのような「役立ち方」なのか。なぜ「役立たない」と思われているのか。
「文系」として一まとめに語られてしまいがちな人文・社会科学系に含まれる多様な学問分野間の共通性と相違に注目しながら,調査結果に基づいて,さまざまな角度から検討を行う。

という触れ込みで、東大教育学研究科の本田由紀教授を編者として9つの章を編者を含む8人の著者が執筆している。

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私自身の立場を明らかにしておくと、私が現在所属しているのはこの本の中でにおいて文系とされる分野である。その点において、昨今の大学改革の影響をまともに受けており、大学改革に関しては全否定もしないが、それほど肯定的には受け止めていない。

また、私自身は教育学を専門とする研究者ではなく、自称社会学者という程度であるので、その分野に関しては素人であり、私の批判が的外れである可能性はあるので、その場合には指摘していただきたい。

本田氏は、これまでも職業と教育のレリバンスに関して、科研のプロジェクトにも継続的に取り組んでおられるので、本書はその成果報告という側面もあるだろう。

本書の目的に掲げられている、役立っているとすればどのような役立ち方なのか?なぜ役立たないと思われているのか?データの分析を通じて示す、という点について、内容を見ていきたいと思う。

 調査とデータに基づいて議論しようという姿勢は、本書においてもっとも評価すべき点であり、重要かつ興味深い結果が多く示されている。

一方、これらのデータが示す結果が、文系の大学教育は仕事の役に立つのか、という疑問に答えているわけではないことが多々見受けられる点は批判されるべきであろう。

また、より批判すべき点があるとすれば、本書を構成する章の少なくない部分において、その目的が本書全体の目的である、文系の大学教育は仕事の役に立つのかどうかを明らかにするという方向からは大きくズレているように感じられることである。

これには、もしかすると本書には執筆陣の学位取得に向けた業績を提供するという役割があるのかもしれず、もちろんそれはそれで否定はしないが、編者が強く各章の内容や方向性に影響力を行使したように見えないことは、本書全体としての主張や方向性を混乱させている。

8章9章にいたっては、本書の目的からすれば、存在意義を問うべき問題設定である。9章の最後にはかろうじて副産物として本書の目的に沿った結果も示されているが、もしそれを重視するのであれば、この章の内容はまったく違ったものになるべきであろう。

4章も同様である。資格取得に関して既往の研究と異なる結果が出たのは成果であるとして、文系の大学教育が役に立つかどうかについて、データに基づいて論じられているかといえば、そうではない。

もう一点気になるのは、データに基づいて役に立つかどうか示すのだと言いながら、いくつかの章において安易に「文系は役に立たないという認識が定着していることによるバイアス」に対する言及が考察の核心において見られる点である。もちろん、その影響の根拠となるデータが示されているわけではない。

こうして、本書はデータに基づいて役に立つかどうかを明らかにするという目的を達成しているかといえば、3章、5章、6章、7章以外の章はその目的を達成しているとは言えず、では、データに基づいて役に立つかどうかを検証した結果、文系の大学教育が果たして役に立つかといえば、全く役に立たないわけではないが、実際のところあまり役に立ってはいないという、身も蓋もない厳しい結果も目立つ。

また、一章に比較的サラッと書かれているが、分析のもととなっているインターネットによる調査サンプルが母集団のサンプルとして微妙すぎるのではないか、という点はそれ以降のどの章もあえて触れられていないようではあるが、検証が必要であろう。

あとがきに示されている、どのように役に立っているか?よりいっそう役に立つにはどうすればよいか?データに基づいて示していく必要があるという言葉にも共感はするが、残念なことに本書ではその方向性が示されているとは言えず、正直なところ期待はずれであった。

さらにもう一つ付け加えれば、この本自体が文系教育が役に立つのか?という点についてデータに基づいて議論しようとはしているものの、文系以外の分野との比較にもとづく相対的な分析ではない点にも注意が必要であろう。

したがって、本書を読むことが無駄であるというのは言いすぎであるにせよ、この本を読んだことによって文系の大学教育がどのように仕事の役に立っているのかは相変わらず見えにくく、文系の大学教育が仕事の役に立つようになる希望が持てるものではない、というのが本書を読んでの率直な感想である。

 

【追記】

4章8章9章の内容について批判的ですが、それはこの本の目的には合致していないという批判であって、その章が示している知見に意味がないと言っているわけではありません。念のため。

【追記2】

本編とも言える【続】文系大学教育は仕事の役に立つのか? - スーパーグローバル学部増田准教授も一緒にお読みください。